人との関係が、建築を豊かにする

建築は施主との打ち合わせを密に行うことによってよりよいものになります。

長い時間をかけて理解を深めることが、施主自身も気づいていないような内なる要望をくみ取ることに繋がるのです。

さらにつくる過程で、現場の職人と連携し、地域の人達との関係を意識することで、建築はより豊かなものになります。

良い建物は、良い関係を育む

サテライト代表・建築士の原芳洋です。

よい建物とはどのようなものでしょうか。私は、そこに身を置く人々が無理をせず自然体でいられる空間だと考えています。建築とは基本的に「箱」を作る仕事ですが、人間は箱の中に押し込められると窮屈さを感じますし、真っ白いだけの空間にポツンと置かれても落ち着かないでしょう。

私が目指しているのは、生活空間に「森」を持ち込むことです。太古の昔、人々は森(自然の中)で生活してきました。私たちの感覚の中には、その頃の記憶が宿っていると考えています。ある程度の雑然さや自然の気配を感じられる環境。その中に、人間の本能的な心地よさが生まれるのです。

自然体でいられる空間は、建物の中にいる人々の間によい関係を育みます。たとえば、大きな空間の真ん中に大黒柱があり、その柱から斜めに何本かの補強材を天井まで伸ばすと、木のように見えます。窓から自然の光が差し込み、心地よい風が吹き抜けます。そのとき、その場にいるひとからは、自然と「今日はいいお天気ですね」「風が気持ちいいね」といった嘘のない本音の言葉がこぼれます。

無理に取り繕うことのないコミュニケーションが生まれることで、そこにいる人の心と心の距離は、おのずと近づいていきます。単に機能的で管理がしやすいだけでなく、どんな立場の人も居心地よく笑顔でいられる空間こそが、人と人との良好な関係を育む土台です。

建物が育む関係は、内部の人たちだけにとどまりません。建物とその周辺地域とのつながりも重要です。建物そのものが物々しい外観だと、地域の人々は警戒心を抱いてしまいます。そうならないためには、例えば建物の高さを低く抑え、周囲の家並みや風景と調和するようなデザインを採用します。威圧感を与えず、だんだんと地域に溶け込んでいくような建物は、やがてその街の新しいシンボルとして親しまれるようになるでしょう。

よい関係性を育むために、開かれた空間を設けることもあります。最近の設計では、バーベキューができるようなウッドデッキのスペースを作りました。建物の利用者やスタッフ、地域の人々が自然と集まれるような余白を用意することで、交流のきっかけを生み出すことができます。

もちろん、誰もがいつでも密接な人間関係を求めているわけではないでしょう。建築は、交流を強制するものではありません。しかし、人と人、そして建物と地域が自然につながりを持てるような空間を用意することは、私たちが豊かさを感じるための重要なアプローチだと考えています。

打ち合わせの時間も設計の一部

建築設計というと、黙々と図面を引く様子をイメージするかもしれません。しかし私は、お客さまと対話を重ねる打ち合わせの時間こそが、設計という行為の重要な一部であると考えています。図面はあくまで結果であり、どのような思いでその線を引くのかは、お客さまの意図を深く掴むことでしか見えてこないからです。相手の思いを深く汲み取り、その期待を少しだけ超える提案ができたとき、建築にはじめて心揺さぶる感動が生まれます。

ある設計では、お客様と打ち合わせをする中で、コールテン鋼という素材を採用することを考えました。コールテン鋼は、最初はピカピカですが、数年かけて雨風に打たれることで表面にサビの膜ができ、それが内部を守る強靭な構造体へと変化していきます。劣化するのではなく、時間をかけて風景に馴染み、より強くなっていく。そのプロセス自体に、「辛いことがあっても、それを乗り越えて強くなっていってほしい」という願いを込めました。この背景にあるストーリーを施主に説明したところ、深く共感して下さいました。

施主に数回会う程度のヒアリングでは、相手の本当の想いやニーズにはたどり着けません。何度も施主と議論をかわし、本音で深く語り合う。その濃密な時間の中で共有された想いが、空間のニュアンスを変え、建築に魂を吹き込んでいきます。お客さまとお話しする時間は、大切な設計の一部なのです。

現場の職人が建築にディテールをもたらす

そして、建築で忘れてはならないのは現場の職人たちです。建築を形にしていく過程において、職人が作品に与える影響は計り知れないものがあります。

「この建物を良いものに仕上げたい」という想いは、職人たちも同じです。「あと5mmずらしてほしい」といった微細な調整にも、心が通じていればギリギリまで対応してくれるのです。一人ひとりの熱意が集結したとき、建物はただの構造物ではなく、キリッとすじの通った佇まいを見せるようになります。

職人さんの技術を最大限に発揮してもらい、建築士も妥協せずに最善を尽くすことで、ディテールが研ぎ澄まされ、建物のクオリティは高まり、より愛されるものになります。

建物が完成した後は、地域の人々との関わりが始まります。私は、奇抜なデザインで一瞬の話題をさらうような建物よりも、周辺の風景にだんだんと馴染み、街の人から「あそこ、なんかいいよね」と親しまれるような建物をつくれたらいいなと思っています。

近い将来、AIなどがさらに普及し、スマートホーム・自動生成技術などにより効率化・合理化された社会基盤が提供される時代がくるでしょう。しかし、施主の想いを、私のような設計者が自ら汲み取り、職人と泥臭く現場で議論を交わし、地域とその建築のつながりに想いを馳せるプロセスは、関わる人たちに豊かさをもたらすと信じています。

自然体でいられて、人と人、人と地域がつながること。そんな豊かさのために、私たちはこれからも建築を一つひとつ丁寧につくり続けていきます。

金沢工業大学大学院修了後、静岡県内の総合設計事務所に勤務。住宅・保育園・事務所・公共施設などの新築設計をはじめ、既存建物の改修、維持管理、建築士法関連の手続きや事務所の経営企画、営業、広報、採用など、設計実務にとどまらない幅広い業務に携わる。16年の在籍を経て、2023年5月に独立しサテライト一級建築士事務所を開設。建物のさまざまな課題に向き合ってきた経験をもとに、建築設計や空間づくりに関する多様な相談に応じている。