建物の設計は、人の暮らしや想いに丁寧に耳を傾けることが出発点になります。「どんな建物を建てたらよいか」──その答えは対話から自ずと導き出されます。
今回は、私たちサテライトが大切にしている「人から始める設計」の考え方と、そのために欠かせない対話の意味づけをお伝えします。
建物ではなく、人から始める設計
サテライト代表・建築士の原芳洋です。
建物を設計すると聞くと、「どんな形にするのか」「どんな素材を使うのか」といったことを思い浮かべる方が多いかもしれません。けれど私が設計を始めるとき、まず考えているのは建物そのものではありません。
その場所で、誰が、どんなふうに時間を過ごすのか。どんな人が集まり、どんな会話が生まれ、どんな関係が育っていくのか。私はいつも、そうした人の営みを思い描くところから設計を始めています。
静岡には、海や山、川といった豊かな自然があり、都市部と比べると人と人との関係性も、どこか穏やかです。家の中と外とのつながりや、季節の移ろいを感じながら過ごす時間を大切にしている方も多いように感じます。
住宅であれば、朝、やわらかな光が差し込む台所で過ごす時間。家族が自然と集まり、何気ない会話が生まれる場所。夕方、風を感じながら縁側や窓辺でひと息つくひととき。店舗であれば、地域の人がふらりと立ち寄り、自然と会話が生まれる空気感。初めて訪れた人も、どこか懐かしさを感じられるような居心地の良さ。福祉施設であれば、利用する方だけでなく、支える人の気持ちにも余白が生まれる環境。一日の中で、ほっと一息つける瞬間があること。
「どんな建物を建てたいか」という問いは、突き詰めていくと「そこで何をして、どんな時間を過ごしたいか」という問いにつながっているように思います。主役はそこで過ごすひとたちで、建築はその時間を包み込む器(うつわ)のような存在です。
建物づくりは、人を知ることから始まる。それが、私の設計の出発点です。
人を知るためには、まず”聞くこと”から

私は、打ち合わせの場で「基本的に自分は聞き役である」という姿勢を大切にしています。
初めてお会いしたとき、こちらから専門的な話を並べることはあまりありません。それよりも、なぜこの計画が生まれたのか、どんな思いがそこにあるのかを、時間をかけて伺います。
静岡で暮らす方のお話を聞いていると、「この土地が好きだから」「ここで子どもを育てたくて」そんな言葉が自然と出てくることがあります。建物の計画は、暮らしや人生の節目と深く結びついているのだと、改めて感じさせられます。
そうした背景を理解することが、その人らしい建築をつくるための第一歩になります。話しているうちに、「実は、こういうことも大切にしたくて」「今まで言葉にしてこなかったけれど…」そんな本音が、少しずつ見えてくることがあります。
本当の要望は、最初からはっきりしているとは限りません。むしろ、多くの場合、対話を重ねる中で形になっていくものです。施主の方自身も気づいていなかった可能性が、会話の中でふと浮かび上がる瞬間があります。
一方的に提案するのではなく、立ち止まりながら一緒に考える。その積み重ねが、建築を無理のない、長く愛されるものにしてくれると私は思っています。対話を丁寧に重ねることで、建築の質も自然と高まっていくのです。
対話によってできあがっていく”未来の設計図”
完成した図面を見ると、そこには明確な線や寸法が描かれています。けれど、その一枚一枚は、決して机の上だけで生まれたものではありません。
打ち合わせの中で交わされる、何気ない雑談。日々の暮らしの話や、子どもの頃の思い出。「夏はこの風が気持ちいいんです」といった、土地ならではの感覚。そうした言葉の一つひとつが、設計のヒントになっています。
静岡は、地域によって気候や風の通り方、周囲の景色が大きく異なります。対話を通してその土地ならではの特徴を知ることは、建物をその場所に根づかせるために欠かせません。
話を重ねるうちに、少しずつ信頼関係が育っていきます。安心して話してもらえるようになると、設計もまた一歩踏み込んだものになっていきます。その過程そのものが、建築をより良い方向へ導いてくれるのだと感じています。
時には、対話を繰り返す中で、施主自身も想像していなかった活動の場が、自然とプランの中に生まれることもあります。それは、誰かが無理につくり出したものではなく、対話の中から必然的に立ち上がってきた空間です。
たとえば、家族の話をしているうちに、「そういえば週末はよく友人が遊びに来るんです」という会話から、玄関近くに気軽に座れる土間スペースが生まれたり。「朝のコーヒーの時間が好きで」という言葉から、東向きの窓辺にゆったりとしたカウンターを設けることになったり。「子どもが本を読むのが好きで」という話から、階段の途中に小さな読書スペースができたり。
こうした空間は、要望書には書かれていなかったものです。けれど対話を重ねる中で、その人の暮らしに本当に必要なものとして、自然と浮かび上がってきます。図面に描かれた一本の線の向こうには、必ずそうした会話の記憶があるのです。
その建物で何ができるようにしたいのかを対話の中で浮かび上がらせ、その内容を設計に落とし込む。それは、単なる建築図面ではなく”未来の設計図”となります。
未来の設計図は、最初から完成しているものではありません。人と人とのやり取りの中で、少しずつ描かれていくものなのだと思います。
新しい出会いが、新しい建物を生む

建築の仕事を続ける中で、私自身が何度も実感してきたことがあります。それは、人との出会いが、設計者を育ててくれるということです。
施主ごとに、暮らしも価値観も、歩んできた道も異なります。同じ条件の建物は一つとしてなく、そこには必ず、その人だけの物語があります。だからこそ、建物もまた、一つひとつが唯一無二の存在になります。
若いご夫婦が初めて建てる住宅には、これから始まる家族の物語への期待があります。長年の夢を実現する店舗には、積み重ねてきた経験と情熱があります。福祉施設には、利用者の方々により良い時間を提供したいという願いがあります。
そうした一つひとつの物語に触れることで、私自身の視野も広がっていきます。こんな暮らし方があるのか、こんな考え方もあるのかと、毎回新しい発見があります。それが次の設計に活かされ、また新たな出会いにつながっていく。建築を通じた人との出会いは、私にとってかけがえのない財産です。
どんなに経験を重ねても、人の数だけ答えがあるのが建築という仕事です。だからこそ、一つひとつのプロジェクトに真摯に向き合い、その人だけの物語を形にしていきたいと考えています。
建物は、完成した瞬間が終わりではありません。そこから始まる日々の暮らしや活動の中で、関わる人それぞれの物語が紡がれていきます。その時間が、少しでも心地よく、豊かなものになるように。私は、建築設計のなかで、プロジェクトのパートナーとして見守り、寄り添いながらも、確かにつながり続ける存在でありたい――静岡という土地で、人と人、人と場所を結ぶ存在であり続けたいと考えています。
新しい出会いが、新しい建物を生む。そしてその建物が、また新しい関係や時間を育てていく。
建物づくりは、人を知ることから始まります。あなたの想いを、ぜひ聞かせてください。
